僕のタップダンスの師匠宅原浩一先生へのお別れの言葉
僕にとってタップダンスのただひとりの師匠である宅原浩一先生が8月25日に旅立たれました。
昨日のお通夜、今日の告別式。
今も宅原先生が頭の中でいっぱいになっております。
御家族の皆様の御厚意で弟子代表として弔辞を読ませていただき、宅原先生の今生の千穐楽フィナーレ迄御一緒させていただきました。
拙い文ではございますが弟子にあたる方、先生とお知り合いの方がいらっしゃいましたらご一読下さいませ。
●弔辞
先生、おはようございます。
先生とはじめて出会ってから約28年になります。

とある舞台の楽屋で先生とお会いし、タップダンスの経験のない僕に話しかけてくれ、カセットテープを下さり、その場で舞台のお誘いもしていただきましたね。
「吉野ちゃんはタップせんでええよ、真ん中でクルクル回ってくれてたらエエわ。」
「本当ですか?僕タップはできませんよ。」
「ジャズダンスでエエで!」
そして稽古場に伺いました。
30名を超える先輩タップダンサーたち。
もちろんタップダンスをせざるを得なくなりました。
こうして僕は先生の弟子としての人生がはじまりました。
何故かタップダンスの経験のない僕に先生は振付の機会を与えてくれました。
そのためとにかく上達しなくてはならない僕は腰巾着のように先生に付いてまわりましたね。
夢中で先生のレッスンを受ける毎日。
親父を早く亡くした僕はいつしか親父と息子のように先生に接していました。
優しくも厳しい父親でした。
レッスン後は毎回先生に喫茶店でアイスコーヒーをご馳走になりました。
その時にタップダンスや先生の舞台、昔のショーのお話をたくさんして下さいました。
機嫌が普通の時は「アイスコーヒー。」
機嫌が良い時は「冷コー♪」
機嫌が最高の時は「みっくちゅじゅーちゅ♫」
↑
そんなん言うてへんわ!!
エエ加減なこと言うなや!!
と、また怒られそうです。
でも、僕にとってこの思い出は大切な宝物です。
そして…生意気で人間っても出来ていない僕は2度も破門されたのにその後「吉野ちゃんがやったらええねんで」とKEEP ON RHYTHM任せていただきました。
びっくりしました!
何度も無理ですと話しましたが僕が決心する迄先生は連絡をくださりました。
嬉しかった。
嬉しくて、申し訳なくて、
そして…、本当にしんどかったです。
先生と奥様はこんなにしんどい事をずーっと続いてこられたんだなぁと、感謝の気持ちがどんどん深くなっていきました。
毎回先生のもうやめたい、しんどいと言う言葉を聞いてきましたが、身をもってわかりました。
ただ、この大変なお役目をお任せいただき良い意味でタップダンスのこと、タップダンサーのこと、今僕に出来ること、まだまだ出来そうにないことが少しわかったような気がします。
先生、KEEP ON RHYTHM、19回目で止まっています。
あと1回は先生の復帰の時の宿題ですよって言いましたよね?
20回記念はどうするんですか?
それとも奇数好きの先生は19回で良いですか?
やはりメルパルクホールですか?
先生のレッスン前の「まいりまーす♪」
もう一度聞きたいです。
そして、さようなら は、言いません。
先生のお言葉を借りると
「おおきにぃーー!!」ですね!
あちらでもまたカセットテープの編集作業しているんでしょうね。
またいつかカセットテープ下さいね。
先生、本当にありがとうございました。
2019年8月28日
弟子代表 吉野寧浩